2009年06月29日

マイケル・ジャクソンのジャズ歌唱

マイケル・ジャクソンの急死は、世界中を悲しみと波紋を与えた。

ポップ・アイドルのマイケル・ジャクソンとジャズの接点といえば、クインシー・ジョーンズがアルバムをプロデュースして大ヒットになったことぐらいで、本当にマイケルがジャズを歌った作品は無い。

しかし今回、珍しくマイケル(当時15歳)がジャズを歌っているビデオ場面を発見した。
マイケルのジャズ。それも何と古式ゆかしきスイングだ。

問題の場面は1975年1月25日放送のキャロル・バーネット・ショウ。

そして歌われる曲名は、サイ・オリバー作曲、トミー・ドーシー楽団でヒットした名曲「作品第一番(Opus No.1)」(ミルス・ブラザースの歌唱にトリビュート)
そして、アンドリュース・シスターズの十八番、「素敵な貴方(Bei Mir Bist Du Schon)」


ここで6人並んでいるのは、末弟ランディ(13歳)が加わっているためだ。

YouTubeの投稿者は、8歳のジャネット、とコメントをつけている。
ジャネット・ジャクソンがランディになりすましているのか、当時身長も低くまだ声変わりをしていない13歳のランディ本人なのか、真偽はわからないが、司会のキャロル・バーネットによる紹介と、一曲目終了後に兄から「ランディ!」と声をかけられる場面を信じてここではランディ13歳説をとりたい。




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2009年04月17日

バド・パウエルも夢に見た?クレオパトラの墓

ジャズピアノの歴史を語る上で絶対に欠かすことが出来ないバップ・ピアノの父、バド・パウエル。バド・パウエルの歴史的名盤として日本ではナンバーワンに挙げられるのが「クレオパトラの夢」(ブルーノート)だ。
(原題:アメイジング・バド・パウエル第5集 シーン・チェンジス The Scene Changes / The Amazing Bud Powell, Vol. 5 / Blue Note BLP 4009)
世界で最も耳の肥えたジャズファンの国、日本ではウルサ方の御仁から鼻で笑われることも多いこのレコードだが、鼻で笑う当の御仁ですら実はこの作品でバド・パウエルを知ったり、ジャズピアノに入門した者が多い、という色んな意味でいわくつきの一枚である。

つまり「クレオパトラの夢」とは、褒めるにも貶すにも、パウエルとジャズピアノの歴史、そしてブルーノート・レーベルを語る上で絶対に無視して通り過ぎるわけにはいかない全ジャズファン必聴の一枚という位置づけだ。




さてクレオパトラは絶世の美女。絶世の美女といえばエリザベス・テイラーだ。
今ではすっかり「テイラー」と表記するのが普通になってしまったが、ここJazz・ジャズJazzyBounceではやはり当時風に「エリザベス・テーラー」と書いていきたい。
20世紀フォックス映画、クレオパトラとアントニー(アントニウスでなく、アメリカのハリウッド映画ゆえ、そして魚をおかずに米の飯を食う日本人ならアンソニー、よりもアントニー、だろう。よってここではアントニーと呼びたい)は、総天然色ワイドスクリーンキネマスコープ空前の豪華絢爛超大作!
何と言っても絶世の美男美女、エリザベス・テーラーとリチャード・バートンが演じるクレオパトラとアントニーの姿に魅了され、総勢20万人を超えるローマ帝国エキストラの数に圧倒され、クレオパトラの手練手管に感心したり悪女の見本を心に植えつけられたり、悲しい結末に涙する。

あんぐり口を開けた大シネマを見終わって、アジの開きと白いご飯を食べ、蒲団にくるまって寝る時、日本人は、嗚呼、敗戦国ニッポン・・・としみじみ思うものだった。



さて、そのクレオパトラの墓が、21世紀になった今、ようやく特定、発掘されることとなった。

クレオパトラは紀元前の人だから、約2200年誰にも気づかれずに眠っていたことになる。

墓で眠っている間に、クレオパトラはどんな夢を見ただろうか?
女王として君臨したからには、後世まで伝説が語り継がれることは想像していたに違いない。とはいえ、20世紀に生まれたアメリカ黒人のジャズという新しい音楽ジャンルで、ピアニストのバド・パウエルに作曲されるとは思わなかったろう。
そして21世紀になって、自分の墓が発掘されることなど夢にも思わなかったろう。

1966年にこの世を去ったバド・パウエルは、63年封切の「エリザベステーラーのクレオパトラ」をおそらく観ていたはずだ。
自分の作曲した「クレオパトラの夢」と、映画で使われたアレックス・ノースの大スペクタクル音楽を比べながら観たのだろうか。


精神疾患に悩まされ続けたパウエルは、普通の人よりも多くの夢を見たに違いない。

モダンジャズという全く新しい音楽の新境地を切り開いたイマジネーション豊かなパウエルのこと。21世紀の未来にクレオパトラの墓が発見されることは、もしかしたら夢で見ていたのかもしれない。





http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090416-00000052-jij-ent
クレオパトラの墓、発見近い?=アレクサンドリアの古代神殿で発掘調査へ
ヤフーニュース・時事通信社
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2008年03月31日

女性ジャズオーケストラの歴史

ジャズ、やるべ!
21世紀、日本の田舎の女子高生ジャズオーケストラが、突如脚光を浴びることになった「スイング・ガールズ」。

所ジョージの「日本全国吹奏楽部の旅」人気と相俟って、大変な社会現象にまで成長できたことは大変嬉しいことだ。

吹奏楽部に男の子が入部しなくなったのはいつの頃からだろうか?
「吹奏楽部」というと、女子ばかりだが、「ジャズ研究会」ビッグバンド、というと、依然として男の世界である。

−−−−−−−−−

そんな男の世界、ジャズの中にあって、女性もきらめきの活躍を歴史に残している。

その際、ジャズ・ヴォーカルの世界は別扱いにしなければならない。
あくまで、器楽としてのジャズに限定しないと意味がない。

It don't mean a thing if it ain't got that swing by instrumentation.


ピアノも弾けて歌も唄えるラヴィー・オースティンや、サッチモ(ルイ・アームストロング)の最初の妻、リル・ハーディンのバンドが最初の女性リーダーバンドとして1920年代の歴史に残されている。
しかしこれらはリーダーのみが女性で、手駒となるメンバーは腕っこきの男性メンバーを従えているところが、ジャズの歴史から女性がはじかれている負の歴史になるのかもしれない。

有名どころではスイング時代のメリー・ルー・ウィリアムス然り、モダンジャズ期の穐吉敏子オーケストラ(秋吉敏子オーケストラ)然り。

通好みで行けば、ベリル・ブッカー(ピアノ) Berill Boker(p)、マギー・ハイアムス(ヴァイブ) Maggie Hyams(vib)、バーバラ・キャロル(ピアノ) Barbara Carroll(p)、メリー・オズボーン(ギター)Mary Osborn(g)、然り、近年ではジェリ・アレン(ピアノ)(Geri Allen)然り。

これらに共通するのは、すべて、「女伊達ら」、「紅一点」、「主張する女性」というテーマである。



女性ばかりのジャズ・オーケストラ、として、私達日本の庶民に一番親しみ深いのが、マリリン・モンロー主演、ジャック・レモン、トニー・カーティス助演のコメディ映画「お熱いいのがお好き」”SOME LIKE IT HOT”だろう。


ここで、助演のジャック・レモンとトニー・カーティスは、女装に徹したニセの男性ジャズメンとして登場する。

それがモンロー主演の「お熱いのがお好き」の伏線となっている訳だが。

さて、
本当に女性だけで構成されたジャズ・オーケストラ(ビッグバンド)とは、どんなものなのか?

ジャズの歴史上では、白人女性、アイナ・レイ・ハットン(Ina Ray Hutton)のオーケストラ「アイナ・レイ・ハットンのメロディアーズ」(Ina Ray Hutton and her Melodears)がもっとも有名だ。
曲名:ハットン・クラブ・シェイク

Ina Ray Hutton and her Melodears - Hutton Club Shake


スイング時代当時のジャズクラブの入場風景が垣間見れる貴重な資料でもある。



テルマ・ホワイトのビッグバンド
Thelma White and Her All-Girl Orchestra
(曲名:チューチュー・ブギー)(Choo choo Boogie)



当時、「ホット・ジャズ」の対極にあるとされた「スイート・ジャズ」においては、フィル・ストーニーのガールズ・オーケストラ(Phil Stalny's Girl Orchestra)があげられるが、これは男性リーダーのストーニーが女性を売り物にした商業主義的な例であり、音楽史的なジャズとしては蔑視されている。しかし、ジャズにおける女性プレイヤーの活躍として見逃すわけには行けない。
曲名:タイガー・ラグ
(Tiger Rag)
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2008年03月08日

フリージャズの究極は芸術の究極

ジャズが嫌いな人は、楽譜にない音を出すことを徹底的に嫌う。
これは「楽譜ルールの美学」だから、見解の相違で仕方がありません。
楽譜派と即興派で、それぞれお互いの道を極めていきましょう♪

ところがジャズに関心あるけれど、ジャズがよくわからず悩んでいる人。
即興演奏、という意味まではわかるけど、じゃあ実際どうやればいいのか?
クラシックのピアノは習ったけれど、アドリブでジャズピアノはどうしても弾けない。
こういう悩みを持つ人がほとんどだということがわかりました。

アドリブで「ジャズピアノ」は弾けないけど、
メチャクチャで「フリージャズ」なら弾けますよ♪

と明るく冗談で言ってくれる人もたくさんいることがわかりました。

その一方で、筋金入りのジャズの人でさえ、
「それはメチャクチャだろ!ちゃんとジャズをやれ!」
と怒り出す人も多いことがわかりました。


モーツアルトは即興でどんどん演奏して、それを楽譜に書きとめるような形で作曲していきました。

ジョン・ケージは、そこに何か物があることだけで音楽になることを示しました。

ロックの時代になると、舞台で楽器をぶち壊すパフォーマンスが喜ばれました。

モーツアルトの時代、建国されるかされないかぐらいのアメリカはジャズの誕生まであと百年待たなければなりませんでした。

百年後、楽譜は読めないけど楽器の腕なら達者なアメリカ黒人が、自分の耳と感性だけで見よう見まね、自由な即興演奏することで、自然発生的にジャズが生まれていきました。

ジャズはその後、一生懸命楽譜を勉強する音楽に成長していきました。

すでにジャズという音楽の存在をよく知っていたケージは、楽譜が読めなかった黒人が発明した「自由な即興ジャズ」では、まだまだ手ぬるい、と思っていたかもしれません。

舞台でギターをぶち壊して、視覚的にお客さんも自分も興奮させたロックスター達は、あとで自分のライブレコードを聞きなおしても楽器の壊れる過程が音の変化としてうまく成り立っていないことに悩んでいたかもしれません。
yamashitapianoburning.jpgこれらをすべて実現したのが、
山下洋輔のピアノ炎上と言えましょう。

もともと即興のジャズ。
ジャズの即興がさらに究極化されたフリージャズ。
フリージャズの第一人者、山下洋輔。

火がつき、燃え広がる視覚的要素。
燃え広がり方と同様に、だんだん激しくなる音楽。

観客と演奏者、両方の精神的興奮。

徐々に壊れていくピアノが発する不完全な音。
ケージが発明したふしぎな音が出るプリペアードピアノと、ケージが発明した偶然音楽を、さらに推し進めた楽器こそが山下洋輔の発明、燃えゆくピアノです。

そして火勢が強くなるにつれて、何も音が出なくなる
視覚要素と聴覚要素の反比例。
いつ壊れていくかわからない偶然性。
自分も火から逃げなきゃならない偶然性。
これらの音楽的反映。

しかも、燃えるピアノが持つ本当の芸術性は、
隆盛と滅びの美学
この具体的な提示でもあります。

そう、具体音楽、ミュージックコンクレート。
偶然音楽と対立的・補完的に進んだ現代音楽ミュージックコンクレートですが、
火の音、破壊時の物理的な音が加わる山下洋輔も燃えるピアノは、
それさえも含んでいる、美術、音楽、美学哲学、エンターテイメント、すべての結晶かもしれません。




 世界的に活躍するジャズピアニストの山下洋輔さんが8日午後5時から、石川県志賀町の増穂浦海岸で、実際に燃えるピアノを弾く「ピアノ炎上2008」に挑む。雨天時は翌日に実施。

 山下さんは昭和48年にも燃えるピアノを演奏。金沢21世紀美術館で先月、当時の様子を記録した実験映像「ピアノ炎上」の前で演奏した際に触発され、再び挑戦することになった。

 35年前は、消防士のヘルメットをかぶり炎上ピアノを演奏。山下さんは「リハーサルは不可能。自分でも結末の予想がつかない真剣勝負にならざるを得ない」と熱くコメントしている。
産経新聞社03/07 22:41
ジャズピアニストの山下さん、再び「ピアノ炎上」


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2008年02月03日

7歳のジャズピアニスト!アリエルくん



チャーリー・パーカーが作曲した、モダンジャズの名曲「オーニソロジー」を弾いているのは7歳のジャズピアニスト!アリエルくん


天才児アリエルくんは、生まれたときから音楽の才能を与えられていた。

クラシックの楽聖ヴェルディ、
モダンジャズの教祖セロニアス・モンク、
モダンスイングのトランペッター、ハリー”スウィーツ”エジソン、
豪快なバップピアノの名手、ジュニア・マンス
アリエルくんは、彼らとおなじ10月10日生まれという。




アリエルくんのサイトはこちら!
http://www.arielpiano.com/

ラベル:アリエル
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2007年12月25日

オスカー・ピーターソンの思いで


到底ジャズとは無縁の人々にも、「オスカー・ピーターソン?あ、ジャズの人ね?」と言わしめるほどの生き神様が、とうとう本当に天の神様となってしまった。
ほんの1ヶ月前には、彼のホームページhttp://oscarpeterson.com/news/
Wednesday, November 28, 2007
WELCOME TO MY NEW BEGINNING!
とメッセージをアップしていたのに。


私がジャズに入門した頃は、すでに時代はロック風クロスオーバージャズ全盛になっていた。
その頃、オスカー・ピーターソンは、当時乗りに乗っていたヨーロッパのスーパーベーシスト、ニールス・ペデルセン(2005年死去)と超絶技巧デュオを組んでいた。

ラジオで初めて聴いたオスカー・ピーターソンがそれだったから、私の場合は幸せだった。

ところがおかげでその後、「巷で言われるオスカー・ピーターソン必聴名盤」が、ことごとく肩透かしに感じてしまった。
   プリーズリクエスト

(ウィ・ゲット・リクエスト)は、スイングジャーナルゴールドディスク最優秀録音賞の名盤だが、我が家の貧弱ステレオではどう頑張っても、何度聴き直しても、音の良さもオスカー・ピーターソンの良さもわからなかった。

ポリドール(当時)の日本盤ではだめなのか、と輸入盤を買ってみたけれど、違いは良くわからない。
それもそのはず、そもそも最優秀録音賞は、ポリドールレコードが受賞しているのだから・・・

しかしオーディオ的な音質のよしあしよりも、ピーターソンの魅力はこんなにのらりくらりしていて良いのだろうか?
そう思ってしまった最初の肩透かし一発目。
  ザ・トリオ

これもどこがオスカー・ピーターソンの凄さなのか、よくわからない名盤だった。

みんなが良いから聴け、これぞピーターソンの名盤!と言うのに。

オスカー・ピーターソンってこんなのでいいのか?と当時の私にはハテナ印が点滅していた。
 
  シェイクスピアフェスティバルのオスカーピーターソン

おかしいなあ?おかしいなあ?と思いつづけていた私にも、少し納得できたのが、シェイクスピアフェスティバルのオスカー・ピーターソン・トリオだった。

うん、これはさすがに凄い!けれど音がずいぶん悪いなあ?

私はまだ当時は気付いていなかった。
ハーブ・エリスのギタートリオ時代と、エド・シグペンのドラム入りトリオ時代の違いを。
 
  ウィズ・リスペクト・トゥ・ナット

私の疑問符をきれいに解いてくれたのが、このレコードだった。

ナット・キング・コールばりの甘く柔らかい美声でオスカー・ピーターソンが歌を歌う弾き語り作品だから、彼の作品群としては色物際物的な位置付けだが、そもそもオスカー・ピーターソンとはどんな人物なのか?という謎解きの答えを明かしてくれるレコードだ。

そう。私がずっと肩透かしを食らったと思いこんでいた60年代ピーターソンの名盤群とは、彼がナット・コールのくつろぎを追及していた時代の傑作だった、という答えだ。
 
  オスカー・ピーターソン・クァルテット第1集

超絶技巧のオスカー・ピーターソン。つまり、ナット・コールではなく、アート・テイタムの流れに乗ったオスカー・ピーターソンはギタートリオ時代に集約されている。

この作品のギターはハーブ・エリスではなく、バーニー・ケッセルが担当している。
しかもアルビン・ストーラーのドラムも入ったカルテット編成で、ギター時代のピーターソンならではの乗りが、さらにドラムにプッシュされている。

ジェットコースターで駆け巡るオスカー・ピーターソンの世界。
聴いた後は、軽いめまいで足がふらつくほどの迫力だ。
 

東京の青山にブルーノートができてしばらくした頃、初めてピーターソンの生を目の前で聴いた。
確かトリオではなくソロだったように記憶している。
だが、そんな程度の記憶でしか残っていない。
生で元気なピーターソンが目の前2,3メートルの所にいたというのに。

私の先輩世代は、昭和27年、日劇にやってきたJ.A.T.P.(ジャズ・アット・ザ・フィルハーモニック)オールスターズでピーターソンを聴いていた。
そこでピーターソンの目にとまって、バークレイ音楽院へ留学したのが穐吉(秋吉)敏子さんだった。

オスカー・ピーターソン、私が天国に行くときは、またピアノを聴かせてくれるかな。
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2007年12月23日

ウディ・アレンのニューオリンズジャズバンド



2007年12月21日、ブリュッセル(Brussels)のコンサートホールBozarでクラリネットを演奏する映画監督のウッディ・アレン(Woody Allen、中)と、「Woody Allen and his New Orleans Jazz Band」のメンバー達

allenBILD_18380_1.jpgはずかしながら、私はまだウディアレンのクラリネット演奏を聞いたことがない。

しかしながらこの風貌、尖ったあごがトレードマークだったウディも年を取ってしもぶくれになったのか?ベニーグッドマンとそっくりになってきた感じがする。
映画ベニィグッドマン物語は、クラリネットが吹けない顔ソックリさんのピアニスト、スティーブ・アレンが演じたが、もしリメイク版ベニィグッドマン物語を制作するならば、本当にクラリネットが吹けるウディ・アレンが適役にちがいない。
もちろんウディが監督兼俳優だ。
しかし流麗無比なグッドマンスタイルのクラリネットは、誰かが代役で吹いてあげることになるのだろうか。

Woody Allen and His New Orleans Jazz Band
Woody Allen (Clarinet), Musical Director Eddy Davis (Banjo), Conal Fowkes (Double Bass) , Robert Garcia (Drums), Cynthia Sayer (Piano), Simon Wettenhall (Horn) and Jerry Zigmont on Trombone.
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2007年11月08日

長野の小学校が担う未来のジャズ

エキサイトニュース
小さな音楽家が集う、長野の小さな学校のフシギ
http://www.excite.co.jp/News/bit/00091194227447.html


第26回全日本小学校バンドフェスティバル予選 東海小学校バンドフェスティバル」において、思いがけない「宝物」を見つけた。

どのチームも揃いの衣装に、ピッタリ呼吸をあわせて大勢で演奏する様は見事だったが、そんななか、現れたのは、トレーナーにジーパンなど地味ないでたちの、少人数の団体。
だが、ひとたび金管の演奏が始まると、誰もが目をみはり、息をのんだ。

曲目はジャズのスタンダード『アイ・ガット・リズム』。主旋律1分程度の曲を、金管の各パート奏者たちが、ソロなどでつないでいく構成なのだが、こどもたち一人一人のスキルが、いやに高い。ノリノリのリズム感、舞台度胸の良さ、舞うように楽しそうに指揮をする先生、どれをとっても「只者ではない」趣だった。

聞くと、この「長野県上田市立西内小学校」は、金管の全国大会常連校だそうだが、もしかして、非常に厳しい練習についてこられた、わずかな子だけが大会に出るシステムなのだろうか。
強さの秘密を、校長先生に聞いてみた。

「西内小学校は、17、18年度と全国大会に行き、18年度は全国大会で『グッドサウンド賞』もいただきました。でも、それまでは県大会どまりで、東海大会に出場できたのも17年度が初めてで、『井の中の蛙だから、素晴らしいサウンドを聴いてくるつもりで、思い切ってノリノリでやってこよう』と言っていたんですよ」
実はこの成績は、近年、うなぎのぼりに築いたものだそうだが、気になる児童数は?
「全校児童は79名です。そのうち、金管をやっているのは5〜6年生全員の26名で、特別支援(特別学級)の子も含めて全員参加としています」

大会に出場する他の多くの常連校が、部活のように、選ばれたメンバーで出場となっているのに対し、ここはなんと「全員参加」とのこと。
「そもそも学校目標は、『知恵と粘りと思いやり』で、その中の一つとして、具現化したものが、全員参加の金管バンドだったんですよ」

当然、練習方法も、「厳しい練習→ついてこられるものだけで大会参加」のイメージからはほど遠く、
「基本は登校日の朝7時半から8時10分まで。特に大会前や講習会があるときは、土日練習があることもありますが……こどもたちは本当によく練習してますよ」と、実にほのぼの。

そんな彼らには、近隣などからの演奏依頼が多く、土日を中心に、年間20数回は演奏会に出向いているのだそう。

ところで、大会で演奏した『アイ・ガット・リズム』の選曲理由を聞くと、校長先生はこう語った。
「どうしても過疎化している学校ですから、大集団の迫力に匹敵するには、一人一人のクリアなサウンドを響かせるしかないんですよ。ジャズなら、ソロを活かせるから」
ちなみに、西内小学校では、1年生が鍵盤ハーモニカ、2年生がリコーダー、4年生はアルトリコーダーといった具合に、全学年でそれぞれ毎日ハーモニーが流れているそうだ。


なんとまあ、すばらしい小学校でしょう!
校長先生の弁を見る限り、どうやら校長さんが粋でホンモノのスイングファンと見えます。
吹奏楽畑の先生なら、インザムードかシングシングシング専門でしょうから。


はじめてこのブログをご訪問されたジャズをあまりご存知ない方の為に、ジョージ・ガーシュイン作曲アイガットリズム( I GOT RHYTHM )とはどんな曲か、こちらで聴いていただくことも可能です。

I GOT RHYTHM 試聴用MIDI

1933年(昭和8年)ミュージカルのガール・クレイジー[Girl Crazy]のためににできたこの曲は、のちにモダンジャズ時代に入ると、多くのバッパーがこぞってこのコード進行をそっくりそのまま拝借した「着せ替え曲」を大量生産することになりました。

コード進行と歌詞はこちら

ガンサー・アンダーソンさんの趣味のページより
http://www.guntheranderson.com/v/data/igotrhyt.htm

アイ・ガット・リズムは、典型的な「32小節」「循環コード」の元祖といわれて、モダンジャズの今の時代でも、必修練習曲のひとつとして非常に重要な曲です。
しかし、その際には、元曲の最後尾にある2小節のおまけ(これをタグという)を省略してしまうことがほとんどですが、モダンジャズしか聴かない方は、この試聴曲にある「タグつき」の古風な終了方法に注目してみてください。
つまり、本当のアイ・ガット・リズムは、32小節ではなく、34小節だったのです。

1943年に、作曲者ジョージ・ガーシュイン本人がピアノを弾いた「アイ・ガット・リズム」の貴重な映像はこちらで鑑賞できます。

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2007年09月27日

チャーリーズ・エンジェルスに魅了された時代



フランス通信社の日本語版ニュースサイトを見ていたら、ショッキングなことが・・・

ジャズとは無関係ですが、女優のファラ・フォーセットが、「再発したがんの治療をドイツで受けることが明らかになった。」と知って。

しかも、それは再発だというじゃありませんか。

「Bunte」によれば、フォーセットさんはフランクフルト大学(Frankfurt University)病院で化学療法を受けると同時に、バイエルン(Bavaria)州バート・ヴィースゼー(Bad Wiessee)の病院でも別の治療を受けるという。

 フォーセットさんは2006年10月に腫瘍摘出手術を受け、今年2月には完治の診断を受けていた。しかし「Bunte」は5月に大腸がんが再発したと報じた。(c)AFP


チャーリーズ・エンジェルは悪をやっつける最強の絶世美女の三人組ですが、中でも史上世界一セクシーなブロンド、ファラが一人で人気を支えていたと言えそうです。
これまた地上最強改造人間600万ドルの男、リー・メジャースと夫婦で、世界中から羨ましがられた格好いいカップルでした。

その頃わたしが何をしていたかと言うと、まだ家庭用ビデオが普及していなかったので、テレビ画面を一生懸命カメラで撮っていました。

一本の同じフィルムの中に、チャーリーズ・エンジェルのジル(ファラの役名)の艶姿と、渡辺貞夫カルテットと、深夜番組11PMのエンディングに登場する杉原淳とサラブレッズが一緒くたに入っていたのを思い出しました。

チャーリーズ・エンジェルと同じ頃人気だったのが、白バイ警官ジョン&パンチ。
こちらは、音楽担当がJ.J.ジョンソン、の氏名でドーン!と表示されていたのをはっきり覚えています。
JJのクレジット画面で、白バイが全開フルスロットルになるのですが、そこにはKAWASAKIの刻印あざやかなエンジンがクローズアップになりました。

大富豪の私立探偵チャーリーの抱えるエンジェルで一番人気、ジルの愛車は、白いフォード・マスタングでしたが、ジョンとパンチが所属署から支給された白バイは、メイドインジャパンの川崎重工製だった、というのが当時のわたしの妙にウキウキした思い出です。
今思えば、1970年代から警察では高くて故障の多い国産車ではなく、安い日本製白バイでコストカットをしていたんだな、とか、輸出拡販を狙う川崎重工が人気番組とタイアップしたんだな、等夢の無い現実論ばかり考えてしまうのが何とも・・・。


しかしフランス通信社の引用写真は、60代にさしかかるファラですが、30年以上同じライオンのたてがみのように豪華なレイヤードスタイルのブロンドは、そのまま続けているのには感激です。

毎回奇跡で悪者退治をしてきたエンジェルのジル、度重なって襲いかかるガンに、必ず今度も勝ってほしい!
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2007年09月04日

日本企業ソニー。大レーベルの歴史に残した汚点

超寡占的「世界最強レコード会社」は成立するのか?
http://jazzy-bounce.seesaa.net/article/48433705.html
この項でも少し触れたように、かつての常識では考えられないほど、世界のレコード会社地図が21世紀に大きく塗り替えられている。

大レーベルの歴史で、つねに敵対するライバルだった、RCAビクターと、CBSコロンビア。

その歴史ある2大レーベルが、戦後に日本で生まれたソニー(かつて、東京通信工業、略して東通工と呼ばれた)によって、一つの会社にまとまってしまったのだから世界中のレコードファンは目を見開いて何度も擦った。

これがレコード産業の歴史で、正夢だったのか、悪夢だったのか、最初の大きな汚点について話そう。

レコードがCDに取って代わって、その後にパソコンが登場。そこで自由にコピーが出来るようになってしまうとは、レコード産業界に想定外の災厄だった。

各社とも業界あげて不正の防止に乗り出すのは当然の帰結だ。
ところがソニーの経営傘下に入ったCBSとRCAレーベル(ソニーBMG)は、本来の不正防止の概念を逸脱した大変な間違いを経営決断してしまった。

不正防止のために、とパソコン再生用に特別にソニーBMG製CDに組み込まれたソフトウエアが、パソコン本体を乗っ取ってしまう働きをする「ルートキット」という方式を採用したのだ。

このソニーBMG製CDのうち、ジャズがどれぐらいあるか、ネット上で公表されているのは、
Horace Silver Quintet, Silver's Blue (Epic Legacy)
「シルバーズ・ブルー」ホレス・シルバー(エピック)

Gerry Mulligan, Jeru (Columbia Legacy)
「ジェルー」ジェリー・マリガン(CBS)

Dexter Gordon, Manhattan Symphonie (Columbia Legacy)
「マンハッタンシンフォニー」デクスター・ゴードン(CBS)

の文字が見える。

TreyFrontEnlarge_25.jpg

TreyBackEnlarge_25.jpg
これらの表示の有無で、パソコン乗っ取り「ルートキット」CDか否かの判断ができる。
心配なジャズファンは、まずこれで確認できる。

なお、再生機能しかない旧来のCDプレイヤーを使う限りは、乗っ取りの危険は生じないので安心だ。


パソコンに詳しい方は、こちらのホームページを参照

FAQ:ソニーBMG製「rootkit」CD問題のおさらい
http://japan.cnet.com/special/story/0,2000056049,20090811,00.htm

EEF:DeepLinks
http://www.eff.org/deeplinks/archives/004144.php
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