2007年09月03日

ジャズ楽器の略号表

わかるジャズ
http://members.at.infoseek.co.jp/altosax/
より

楽器の名前、いちいち書いていると、結構大変です。
実はジャズ界ではうまく略号を使っています。
ブラスバンドをやってる人はよく知ってるかな。
ジャズのCDを買うと、メンバー紹介には必ずこれらの記号が使われています。
「わかるjazz!」でもこれからよく出てきますので、メモしておいて下さいね。
−−−−−−−−
●金管楽器
(tp)トランペット
(cor)コルネット
(トランペットより丸っこくて地味な音が出る)
(flh)フリューゲルホルン
(コルネットよりさらに丸く大きい。ぽわーんと柔らかい音が出る)
(frh)フレンチホルン
(いわゆるふつうのホルンですね)
(tb)トロンボーン
(v-tb)ヴァルブトロンボーン
(トランペットみたいなピストンがついてる)
(b-tb)ベース(バス)トロンボーン
(ふつうのトロンボーンより1オクターブ下が出る)
−−−−−−−−
●木管楽器
ここに出てくるフルート以外のものは全部ひっくるめて「リード楽器」とも言います。
リードという葦の小さな板で音を出しているからです。
(ss)ソプラノサックス
(as)アルトサックス
(ts)テナーサックス
(bs)バリトンサックス
(cl)クラリネット
(b-cl)ベース(バス)クラリネット
(fl)フルート
−−−−−−−−
●リズムセクション
(p)ピアノ
(el-p)エレキピアノ
(g)ギター
(el-g)エレキギター
(通常は特にことわらなくてもgと書けばエレキギターのことですが)
(bjo)バンジョー
(b)ベース
(el-b)エレキベース
(ds)ドラムス
(perc)パーカッション
(ドラムス以外の打楽器は全部ひっくるめてパーカッションと呼びます)
−−−−−−−−
●その他の楽器
(org)オルガン
(synth)シンセサイザー
(vln)ヴァイオリン
(vib)ヴァイブラフォン
(日本ではふつうビブラフォンって言うよね。でもジャズはアメリカの発音で、ヴァイブって呼ぶのが常識なんだ。)
−−−−−−−−
(vo)ヴォーカル
(arr)アレンジ(編曲)
−−−−−−−−


この他に
(sn)ソプラニーノ・サックス
(misc) 分類不能なその他の楽器 というのが加えられてしかるべきだろう。
タグ:楽器略号
posted by Jersey Bounce at 13:57| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上原ひろみちゃん(p)おめでとう

上原ひろみ(p)さん、まだあどけない表情が残る彼女は、いつまでもひろみちゃん、という感じだが、お嫁に行くことになった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070903-00000101-sph-ent
日本の女流ジャズピアニストというと、穐吉敏子さんにはじまって、ずっと男勝り、という印象が強い。

もちろんひろみちゃんも、プレイは目をつぶって聴く限り、女性とは思えないダイナミックなアタック、かつ、歴史的に名を残すべき超絶技巧の持ち主だ。

麗しき女性に失礼にあたるかもしれないが、男勝りなプレイが売り物の女流ピアニストは、ほぼ比例して佇まいも男っぽいというか、ワイルドにセクシーだ。

ところが、ひろみちゃんは、ピアノの鍵盤に指を置かない限りは、いつまでたっても、可愛い女の子なのだ。


あるライブ会場でのこと。
例によってひろみちゃんは、アート・テイタムと、バド・パウエルと、オスカー・ピーターソンと、フィニアス・ニューボーンJr.と、ポール・スミスと、チック・コリアと、チューチョ・バルデスが合体したような超絶プレイを披露した。

インターミッションで、ステージを降りたひろみちゃんは、どこから見てもただその辺にいる普通の東洋人の女の子。

興奮したあるお客さんが、こう言った。
「さっき、キミと同じぐらいの女の子が、すっごいグレイトなピアノを弾いてたんだよ! 見てたかい? 次にまた弾くから、見て御覧なさい!」

ひろみちゃん、「それは私です」と言う機会も与えられず、ひたすら感激してしゃべりまくるお客さんを相手に、「はあ!すごいんですね〜!」と相槌を打つのがやっとで、大笑いをこらえながら早々に退散した。

ダイナミックで世界の歴史に名を刻むであろうひろみちゃん、お嫁さんになっても、ウン十年後のおばさんになっても、飾らないキュートな笑顔と、素朴なユーモアをKeep Swingin'!

posted by Jersey Bounce at 11:25| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月24日

天才富樫雅彦さんの訃報


私がジャズを好きになった頃、渡辺貞夫カルテットが憧れの的だった。
そして私もアルトサックスを志した。

去年、ピアノの本田竹広さんが亡くなった時も非常にショックだったが、今度はドラマー富樫雅彦さんが天に召された。

私がジャズを聴くようになってからは、もう既に車椅子の富樫さん、だった。
そして、時代が時代だったためか、実験的、創作的な作品に没頭されていたので、おはずかしながら富樫雅彦作品を論じられるほどには聴いていなかったことを、今になって悔やまれる。

でも、その頃、貧乏学生には非常に嬉しいFM放送が沢山有って、毎週楽しみにしていたものだった。
その筆頭が、資生堂がスポンサーになったFM東京の「渡辺貞夫マイ・ディア・ライフ」だった。
DJ小林克也さんの声も格好よい憧れだった。


すでに前衛派パーカッショニストで通っていた富樫さんが、フュージョンに傾きつつあった渡辺さんとは絶対に合わないだろうと思いこんでいたところ、
ある週のマイ・ディア・ライフで古巣ナベサダカルテットに里帰り、バップを演奏する、という特集があり、今でも大切にカセットテープに保管してある。

脚がつかえず上半身だけでどう演奏するか、という事実をいかにして音で聞き分けられるか、そんなことばかりが私の興味の対象だったのが卑しい限りだったが、今思うと涙が零れ落ちてしまう。


夕刊フジの記事に、これまた涙を誘うこぼれ話が紹介されていた。

8月24日 17時00分 更新

ナベサダら語る…富樫雅彦さん天才ドラマー伝説

Copyright 2007, TheSankeiShimbun.
 22日、心不全で亡くなったフリージャズの天才ドラマー、富樫雅彦さん(享年67)。身内だけの密葬では出棺の際、かつてカルテットを組んだ渡辺貞夫(74)がサックスを吹いて見送った。

 「ドラマーとして足が使えなくなるという大きなショックもあったが、その後もパーカッション、作曲家として生きた彼の生き様は音楽一筋だった。僕にとっては生涯の友」としんみり渡辺は話した。

 14歳でドラマーとしてプロデビュー後、ピアニスト、佐藤允彦(65)らとトリオなどで活躍する中、事故に遭い30代で下半身不随に。

 ドラマーとしては致命傷だった。精神的に落ち込んだが、“富樫の坊や”とかわいがった先輩たちの励ましで、パーカッショニストとして蘇る。

 後にパーカッションの弟子となった横山達治(55)は、意外な趣味の思い出を語った。

 「音楽に関しては繊細で純粋。厳しい方でしたが、離れるとさっぱりとした男らしい方でした。思い出は、師匠の車いすを押しながらの蝶の収集ですね。西表島ではハブを、千葉ではマムシをまたいで幻の蝶を捕った。見せると『ありがとう…』って泣きだしたりね。山形で獲った幼虫を大切に持ち帰ったら、ハエになって大爆笑したこともありました」

 虫取り網を持つ富樫さんは「あっちだ、こっちだ」と、時には車いすごと転がって、子どものようにはしゃいでいたという。

 晩年は体調不良から演奏活動をやめ、創作に力を注いだ。ピアニストの山下洋輔(65)は、「富樫さんに作ってもらった曲だけは“気に入ってもらえるかな”って考えて弾いてる。バッハの曲でもそう考えたことはないけどね」と、その才能を惜しむ。

 最後に会ったのは先月中ごろ。「いつもは“洋輔”と呼ぶのに、ジッと僕を見ながら、“山下洋輔さん”ってね…」。言葉を詰まらせた。

 富樫さんは若いころ住み込みでドラマー、奥田宗宏に師事した。その子息でプロデューサーの奥田英人氏は、人知れず努力する姿を知っている。

 「富樫さんのお父さんはベーシストで、最初はバイオリンを習っていた。あるとき、ウチの父がジャズドラマーの神様“マックス・ローチ”を目指せ−と話したそうです。そのローチも今月16日に亡くなった。練習の虫で食事をしていても、メロディーが浮かんだら食事を忘れてスティックを握っていた」

 日本が誇る音楽家がまたひとり去った。


[夕刊フジ]

タグ:富樫雅彦
posted by Jersey Bounce at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月18日

マックス・ローチにまつわる話


20世紀モダンジャズ最初のスタイル、ビーバップに関与した巨人の中で、数少ない存命者だった、ドラマーのマックス・ローチ(Max Roach)が天に召された(Rest In Peace)。

マックス・ローチは、黒人の地位向上のために闘争した急進的なジャズマン、としても知られた。

ほとんど知られていないエピソードとして、彼にはこんなことがあった。

白人社会で差別される黒人として、彼は必死でアメリカの社会制度や因習と闘った訳だが、来日した際は、日本人を小馬鹿にした態度だった、というのだ。

すでにプロフェッサーの地位を得ていたローチは、インタビューする日本の錚々たるジャズ評論家達に、かなり侮蔑的な受け答えをしたことを、故油井正一先生は思い出話として語ってくださったことがあった。


そういえば、同じ闘う黒人ジャズマンとして双璧をなした、ベースのチャールス・ミンガスも、性格的に偏屈だったり、彼自身の追及した世界はクラシック的な要素の強いものだったりしていたのが妙にちぐはぐに思えたものだ。
Jazzical Moods
Let My Children Hear Music 等

そしてなぜか、ローチも、ミンガスも、肌色の黒さは、マイルス・デイビスのような真っ黒けとは違い、薄目だった。

マイルスも、より白人的な洗練をコンセプトにジャズをリードしていったが、それでも政治的に積極的な闘争には加わることがなかった。


まあそれはそうと、「バップ・ドラムの開祖」ケニー・クラークに続き、実務的にビ・バップ〜ハード・バップへのドラム奏法を普及せしめたローチの初期について、私も若い頃非常に興味を持って探したことがあった。

1940年代チャーリー・パーカー・バンド時代のローチと、その後の自己バンドを持つようになって以降と、「バップドラマー」として、まるで別人のような奏法をしているからである。

50年代の完成されたローチ・スタイルこそが彼だ、と思うと、40年代の叩き方は、パーソネルの氏名欄を見ない限りは誰がドラマーなのかわからない。
同じくローチと双璧をなす、アート・ブレイキーも、40年代の奏法はまるで別人だ。

ローチの録音を、年月日順につぶさに聴いていくと、どうやら彼自身の中で1949年中に奏法上の革命が起きていたことまではレコードでつきとめた。

この突然の変化が何を意味しているのか、大変気になっていたところ、ある研究者の方が、R&Bドラマーの、アイク・デイとの出会いが契機になった、と教えてもらったことがあった。
しかし、その研究者の先生いわく、アイク・デイの奏法とローチの奏法は似ても似つかない、とのこと。

ますます深まる謎に、日本人にはコワモテでもいつかローチ大先生御本人と面会して確かめてみたいと思ううち幾星霜、訃報に接して改めて思い出した次第。
posted by Jersey Bounce at 01:19| Comment(0) | TrackBack(1) | Jazz独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月19日

超寡占的「世界最強レコード会社」は成立するのか?


水商売のレコード産業は、華やかに勃興しては消え、イコール、そのままで企業合併の教材にふさわしいような業界だ。

古くは、ブランズウィックやデッカといった大きな会社が消滅してしまった。

まだ記憶に新しいところでは、世界最大絶対安泰、と思われていたアメリカCBSコロムビアが、合弁会社だった日本のCBSソニーに吸収されてソニーレコードになってしまったのは衝撃的だった。
業界は違うが、その後セブンイレブンのサウスランド社がやはり日本の一のれん分けにすぎなかったイトーヨーカ堂にすっかり吸収されてしまった例も軒を貸して母屋を取られるのことわざや、戦国時代の下克上を思い出された方も多かったと思う。


昔のパターンでは、大資本メジャーレーベルは、正攻法のヒット作で競争しても、経営上はまったく異質の各々を尊重して乗っ取り戦争を仕掛けるようなことはなかった。

それが21世紀になってすっかり業界仁義が通用しなくなってきた。

CBS放送レコード社と、RCAビクターレコードは共に同格好敵手だった。
それが一昨年ソニーBMGとして一社にまとまってしまったのは、ソ連がアメリカと握手したのと同じぐらい衝撃だった。
ファンとしては、絶対にあり得ない話だと思いこまされてきたからだ。

これに等しい交渉としてハラハラしながら注目されているのが、アメリカのワーナーとイギリスEMIの交渉だ。

この話がまとまってしまうと、すでに出来あがっている旧デッカとポリドール系列のMCAと合わせて世界のレコード会社は事実上3社しかなくなってしまう。そうなると、せっかく個性豊かなディレクターがいても、会社の都合で事実上3つの個性しか音楽産業にはなくなってしまう。

ワーナー・ミュージック・グループは同社ウェブサイト上で声明を発表、EMIに対する買収を断念したことを伝える一方で、今後半年以内に、EMIに対する買収提案を行う権利は保持するとした。

一度決裂しておいて、半年以内にまた提案する権利、って、何だ??
そんな権利持つ資金があればカネも減る、双方従業員の神経も磨り減ることはしないで、まともにヒット作が出るようアーチスト交換契約でスーパーセッションをファンに送り出してやれば、双方立派に本業利益が拡大するのでは?

こう思うのは私だけだろうか・・・
posted by Jersey Bounce at 09:20| Comment(0) | TrackBack(1) | Jazz独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月18日

二村定一。戦前ジャズヴォーカルの礎



きょう、何気なくパソコンを開いたら、
昭和6年作品「茶目子の一日」アニメーション
という文字が出てきました。


なんとそこには、二村定一の氏名が!

学校の先生と、活動写真の役者の声を一人で演じているようです。

「読本」の授業内容が時代劇なのは、歴史を重んじる(当時の)大日本帝国として当然と思いますが、昭和6年当時、小学生の女の子が、チャンバラをお目当てに映画館行きをおねだしした、という時代背景だったことを知ったのは今日のおもしろい文化的収穫でした♪

後半、茶目子さんが学校で誉められた報告をすると、
お母様が、江戸言葉で返答する場面も、感動してしまいました。
昭和といえども戦後はもう、落語ぐらいでしか聞くことがなくなってしまった江戸言葉。

納豆売りのおばあさん、
通りの郵便ポスト、
大通りでは自動車に気をつけよう、
・・・という所までは、平成まで変わらない風景だったのだ!これも改めて感心してしまいました。
posted by Jersey Bounce at 15:49| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月10日

ジェリー伊藤さんRIP


ジェリー伊藤(vo)
1927年7月12日ニューヨーク生まれ。アメリカ国籍。ドラマチック・ワークショップ・オブ・ザ・ニュースクール・オブ・ソーシャルリサーチ卒業。
ブロードウエイと日本のミュージカルで成功。歌手、俳優、テレビタレント、ショーの司会、等マルチに文化を支えた功労者。

そんなダンディでステキなおじさまだった、ジャズ歌手のジェリー伊藤さんが天に召されました・・・

RIPとはジャズ界でよく使われる、安らかに、Rest In Peace の略号です。

スイングジャーナルジャズ人名事典によると、
ジェラルドT伊藤さん
と書かれていましたので、ミドルネームのTとは為吉さん、だということを御亡くなりになった訃報で初めて知りました。

また、五反田にお住まいだとばかり思っていたのですが、晩年アメリカへ帰られてカリフォルニアに自宅を構えそこで御亡くなりになったということも、ニュースを見て初めて知りました。

わたしは元気に若かった頃、テニスをしていました。
ジェリーさんは、テニスファンの芸能人として、よくテニスマガジンにも登場されていました。


さて。
思えば私の人生は、後悔ばかり。

アート・ペッパーは毎年日本に来る、だから来年でいい、と思っていたその年に突然亡くなってしまいました。

日本ジャズの生き証人、チャールス菊川さんのお宅まで訪問させていただきながら面会できずに帰ったり。
その後菊川さんは、ひっそりと亡くなってしまいました。

デューク・エリントン楽団専属日本人シンガーにまでのぼりつめた大原直美さんは、同じ町に住んでいながら、一度も歌声を聞かぬまま、がんでお亡くなりになってしまった。

恥多き私の人生。これからもまた、後悔を繰り返すのでしょう・・・
しかし、そんな間抜けな私を支えてくれる心の糧は、やはりスイングするジャズなのです。


ジェリー伊藤氏死去 映画「モスラ」などに出演
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/62958/
産経新聞


2007/07/09-20:09 俳優、歌手のジェリー伊藤氏死去
http://www.jiji.com/jc/c?g=obt_30&k=2007070900858
時事通信
posted by Jersey Bounce at 03:18| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月09日

懐かしいねえ、1100円という廉価盤



はいはい、そこのマンボズボンのお兄さん!
ダンモな兄貴!
いかした姉ちゃん!
寄ってらっしゃい見てらっしゃい
結構毛だらけ猫灰だらけ!
灰だらけの猫ってのは、
海の向こうの英語で言やあハイになりっぱなしのキャットだよ!
キャットと言やあ、イカしたドンバー(バンド)


プレスティージが、1100円!
リバーサイドも、1100円!
コンテンポラリーも、1100円!
ファンタジーが、1100円!
持ってけ、ドロボー!

啖呵売の露天のおじさんも真っ青なことを、ユニバーサルがしてくれました。

この1100円という価格設定、
1970年代、日本コロムビアが、エソテリック、エベレストなどのマイナーレーベルの渋い佳作を大盤振る舞いしてくれた、ジャズファンには感謝のシリーズと全く同じコンセプトのようです。

「米国でリマスターされた音源をそのまま使用、解説書も付けないことで価格を抑えた。」

この解説書無し、輸入盤とおなじ感覚、までもが、日本コロムビア1100円シリーズの踏襲です。



posted by Jersey Bounce at 13:01| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブルーノート。昔、初任給。今や時給?で買える世に

今は昔、東京は新宿にマルミといふレコードをひさぐ店ありき。

レコードは高かった。
とりわけ当時の新技術、LPは高かった。

Long Playing Microgroove Non-Breakable HiFi STEREO

当時珍しかった「いかれた金持ち青年が聞く音楽、モダンジャズ」
ならば、なおさらだった。

なにしろマイナーレーベルばかりで輸入盤に頼るよりほかなかった。

1ドル=360円の固定相場制の時代。

単純計算、何でもアメリカの物は日本より3.6倍、高価だった。

おまけに関税がかかるのだから。

舶来品。という単語がステータスシンボルだった。

高度成長で所得も増えた代わり、どんどん物価が上がった昭和。
当時物価の七不思議の一つが、
どんなに物価が上がっても、タマゴとレコードの値段だけは変わらない。
と言われたものだった。

マルミのレコード1枚2500円は、当時の若者の初任給に匹敵した。

それゆえに、レコードが買えない普通のジャズファン救済のため、コーヒー代でレコードを聴かせてもらえるジャズ喫茶がおいしい商売として一世を風靡したのであった。


新宿にあった輸入レコード店「マルミ」については、故植草甚一の著書や、昭和一桁世代の皆さん方のホームページやブログに詳しいのでそちらに譲るとして。



私がジャズ入門者となった1970年代、
東芝音楽工業(のちの東芝EMI)が、「ブルーノート直輸入シリーズ」(輸入盤に東芝が日本語帯をつけて販売した)を販売し、地方のレコード店でも買えるようになったのは画期的なことだったと思う。


その後、正式ライセンスで国内プレスのブルーノートほか、ジャズでは3大レーベルといわれるプレスティージ、リバーサイドほか、サボイ、コンテンポラリー、パシフィックまでアタリマエのように販売されるようになったのはうれしい時代の変化だった。

話をブルーノートに戻すと、70年代後半から80年代初頭の一時期キングレコードにライセンスが移動したことがあった。
この時期のLPは希少価値があるということでコレクターには高値で取引もされているらしい。


1ヶ月、水だけで生き延びて、「教祖マルミのおじさん」から問答無用で買いなさい、と言われるとおりに2500円のブルーノートを買ったオールドファンの皆さんは、欲しいものは何でも限りなく安く手に入る今の情報洪水、レコード産業の廉価化、低収益構造不況産業化を、きっと複雑な気持ちで受けとめていることでしょう。


なにはともあれ、ブルーノート、1700円はうれしいじゃないですか。
posted by Jersey Bounce at 12:38| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月06日

空からお金が降ってきた!はジャズの名曲

ジャズファンなら、「あのスタンダードの名曲が現実に!?」と思ったに違いない!

なんとまあ風流じゃありませんか。
花のお江戸の隅田川は言問橋で。
七夕様の前日に。
なんと
空からお金が降ってきた!


「お札が降ってきた」 東京・墨田区の路上
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/61453
産経新聞iza

<お札>突然空から?…4万6000円回収 東京・墨田
http://news.livedoor.com/article/detail/3224254/
ライブドアニュース・毎日新聞

そしてなんと、奇しくもその前日には、ドイツのボルムス市という町でも、同様の現象が起きていたのです!!!

空からお金が降ってきた!! ドイツ
http://www.excite.co.jp/News/odd/00081183778500.html
エキサイト世界びっくりニュース・ロイター通信社



ジャズファンにはおなじみ、「黄金の雨」または「空からお金が降ってきた」
と邦訳される

”Pennies From Heaven”

が、21世紀になって、東京の下町とドイツの町で現実になったのである!

元歌はペニー(1セント硬貨)だから、邦訳の黄金の雨、というほど豪勢じゃない、庶民のための小銭の雨、ですが、まんが家でジャズ歌手の水森亜土さんは、これを堂々と「空からペニスが降ってきた〜!」と歌うことで有名です。
いくつになっても可愛い亜土ちゃんだから許される!?
いや、亜土ちゃんの正直な願望だ!?
諸説いろいろあって、いいんじゃないでしょうか(笑)



さて、ご存知ない方には、次にご紹介するページで試聴できます。


Susie Arioli Swing Band
レーベル=Justin Time Records

空から降ってくるお金を想像しながら、聴いてみませんか♪
posted by Jersey Bounce at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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